【夏の思い出】

数十年来続く猫毛色した頭痛とそれから興奮して何かを口走る男の不安感に苛まれている虫螻同然の仔猫たちが公園のベンチの上で楽しそうにじゅるじゅると音をたてて吸いまくりながらお喋りしています。
僕は彼や彼女の邪魔をしないように静かに静かに彼らの姿なんか目に入らないかのように振る舞いつつ少し離れた別のベンチに腰掛けて読めもしない本をまるで読めるかのように一心不乱に読みます。『忌中』車谷長吉
人が本当に口にすることのない『あっ』と言う間に唇からナイフ、耳朶にカスタネット、口にガムテープを貼られた何処かの誰かの誰にも聞こえない心の底からの助けてっという叫び声がなんだか聞こえたような気がしましたがそれはそれ隣の木造モルタル2階建ての家のベランダで土気色した顔のおばはんが遮二無二布団を叩く音でそれはもう見事にかき消されてしまいました。

涙はとまりませんでした。
聞こえない叫び声の主は僕にはさっぱり誰かわかりませんが一人とりのこされて一人更衣室で一人着替えていたひとりぼっちの誰かに何かあったのかも知れませんが想像するに隣の隣でそれはもうまるで戦争のように布団を親の敵のごとく叩き始めたのでやっぱり何もかもかき消されてしまい残念なことに何のことだかわかりません。それゆえかどうか不安が強いと本当に夜眠れないので本当に千代大海がウーロン茶を飲みながら犯罪組織にいろいろとふんどし担ぎのみなさんに指示をしていてその結果私の身に次々と厄災が降りかかっているように感じるのです。病院へ行った方がよいのでしょうか?
そこで唯一自由だった下半身をばたつかせ夕日を浴びたポストの中にゴミを入れて毎食後にジブレキサとヒルナミンを部室の外に鞄も何もかも一緒に放り投げます。理由はわかりませんが涙は止まりませんでした。
窓の外に見える西の空に沈んでいく夕日はまるで獣のように何度も何度も咳払いをし大声で謂われのない文句を散々言い放ちましたが三人目の夕日が私の上ではあはあと息づかい荒く動いていた丁度そのときだったとおもいます、『こういう貼り紙は迷惑です』という貼り紙が私の貼った『こういう貼り紙は迷惑です』と書いた貼り紙の上に音をたてて貼られていました、何度も何度も…。
そういうわけなのか普通は誰か待っていてくれるのに年中無休で続く幻聴と強烈な眠気・倦怠感に襲われ苦しんでいます。
前にも後ろにも口にも、悪夢としか思えないぐらいの一方の側の主張からは判断出来ないことばかりですが、血の付いた部活とテニスコートと刺繍入りの真っ暗な私の夢や楽しかった思い出も花も犬も猫もノートも鉛筆も電磁波攻撃を受けているのです。

涙はとまりませんでした。
『あの人おかしいから気を付けた方がいい』そういっていた友達の顔が一瞬頭を過ぎりました。

涙はとまりませんでした。
心の整理なんか一生できるわけがありません。一生。


伊丹十三『人間はみえみえで、みえみえで、卑怯で、浅はかで、ことごとく下品で、ことごとく無駄にことごとくかっこわるい詐欺同然に驚くほど無意味に恥知らずに異常で、死んでも必ず愚劣に生まれ変わる』